詩「あたしはマボロシ」
いにしえのスタヂアムから球音が聞こえます
風があたしに寂しく問いかけてくる
快音も 豪速球も ありません
歓声も 野次も 聞こえません
苔の張ったスタンドが
あたしを静かに出迎えます
美しき記憶をもう一度
歓喜の瞬間をもう一度
今は叶わぬ願いです
シミだらけのコートに
ポツリポツリと雨が落ちてきました
喜びの雨では決してありません
涙を肩代わりする悲しみの雨です
豪雨になり 雷鳴轟く球宴の跡
野球戦士を夢見た
少年たちはもういません
泥まみれになったあたしは
汚れたホームベースを拾い上げました
最後の「プレイボール」の声は
何処へ行ってしまったのでしょう?
けたたましいほど大きい
空襲警報のサイレンが鳴り響きました
血のかほりが果てしない あたしの記憶を呼び覚まします
すべてはここにいる アナタたちが始めたことだから
特攻隊になり 神風の声を聞きながら 空散る野球戦士たちよ
あゝ 意識が消えてゆく
あたしはマボロシ…
あたしはマボロシ…
あたしはマボロシ…
詩集『Poetry Essential Vol.01(2016)』より
原題「大東京'36」
作:坂岡 優
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